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思考と感情(2) [海外メディア記事]

 また『シュピーゲル』誌の「感情(Emotion)」に関する記事の第二弾です。また、早とちりをしたようですが、この一連の記事のタイトルは「思考と感情」というよりは、「謎に満ちた群棲動物」の方ですね。「思考と感情」は、この記事が属するカテゴリーに対する名称のようです。でも、まあ、訂正しないでおきます。

 ちなみに、最初に出てくる「著者」とは、この記事を書いているライナー・トラウプという記者のこと。科学に特化した記者なのでしょうか? どうも雑誌の内部の構造やどういう人が記事を書いているのか、といった基本的なことがいまいち判っていません、遺憾ながら。 

 フリードリヒ2世のことも知りませんでした。検索すると、いくつか解説しているサイトがありました。興味ある方は検索されたし。


http://www.spiegel.de/wissenschaft/mensch/0,1518,620709-2,00.html






「思考と感情 

  謎に満ちた群棲動物


  第二部:共感の能力はわれわれが進化の過程で受け継いだものの一部である



 ここで筆者は、シュタウフェン王朝時の皇帝フリードリヒ2世が800年前に行ったとされる残忍な実験のことを思い出す。どんな原因で脳が自ずと発達していくのかを突きとめるために、皇帝は二人の子供を乳母に養育させたのだが、彼は乳母に、子供たちと話すことを厳禁した。皇帝の予想とはちがって、子供たちは自然発生的にアラム語を話し始めることはなく、全体的に発達が遅れ、ついには死んでしまったのである。

 
 中世中頃の人間の試みは現在とは何の関係もないではないかと思う人がいるかもしれないが、そうではない。それに似た形式で、コミュニケーションや社会的なつき合いから人を除け者にすることは「いじめ(Mobbing)」として知られ、広くいきわたっているからである。いじめはどんな年代の人々の間でも生じるし、ひどい場合は死に至らしめることだってあるからである。


 医師や心理学者は、感情的な共感が著しく乏しい患者がいる場合、自閉症に言及する。この病気は、ミラーシステムの障害に他ならない。「自閉症児においては、2歳の頃にすでに、自然に生じる表情や身振りを模倣しようという能力が低いことが見られる。… 彼らには、他の人間たちからなる世界において居心地よいと思う感情が欠如している。人間相互の関わり方に対する彼らの理解力は、彼らの合理的な知性に比べてはるかに劣っている」。
 

 ヨアヒム・バウアーは、その示唆に富む著作『あなたが感じていることをなぜ私が感じられるのか』でそう記している。フライブルク大学で神経生物学と精神身体医学を教えているバウアーは、同時に、感情的共感が学校や職場での日常的状況において阻害されると、いかにネガティヴな結果になるかを強調している。不安や、緊張やストレスはミラーニューロンのシグナル送信率を低くし、学習や労働の能力を大幅に悪化させるのである。


 喜ばしいことに、幸福感で人を包みこむような共感のケースもある。この状態をわれわれは愛と呼ぶ。オランダ人のフランス・デ・ヴァールは、感情の社会的本性について研究中である。アトランタ大学で教えているこの行動学者の専門は、人間の近親者で人間と同様に動物学的には霊長類に属しているサルである。サルの社会生活に関するデ・ヴァールの長年にわたる観察は、神経生物学者の発見を裏書きするだけにとどまらない。彼は、さらに、道徳的に行動するという能力は、人間に限定されているわけではなく、生まれつきの才能としてサルの際立った能力であるという結論に達した。彼の経験と論証は、先ごろドイツ語で『霊長類と哲学者 進化はいかにして道徳をもたらしたか』という著書で述べられている。


 デ・ヴァールは、人間は元来は非社会的な動物であり、社会的な強制によってのみコントロールできるという見解には、断固として反対の立場である。この理論は、17世紀の英国の哲学者トマス・ホッブスが「人間は人間にとって狼(homo homini lupus)という古いラテン語の格言を念頭に置きながら概念化し、それ以来、西欧人の思考の公理になったと言ってもいいくらいである。その理論によれば、もし合理性と道徳性が一種の文化的非常ブレーキとして作用しなければ、われわれは、エゴイスティックに暴走する、破壊的な本能のなすがままになってしまう宿命にあるだろう、というわけである。


 無意識の偉大な開拓者も、こうした悲観的な人間像を大いに強化した。「人間は元来相互に敵対心をもって臨むものであるために、文化的な社会はたえず崩壊の脅威にさらされている」。フロイトは『文化への不満』でそのように記した。



 デ・ヴァールは、ラテン語の格言には誤りが二つあることを指摘する。第一に、狼は、地球上でもっとも群居性が高く、最も協調性のある動物の一つであった。第二に、その格言は、「われわれが骨の髄まで社会的である」という事実を否定していることである。ダーウィンの説は、道徳的行動を進化の産物として認識できるようにした、というのである。いくつか例をあげよう。



 ・アカゲザルは、電線を引っ張るとエサをもらえることを学んでも、電線を引っ張ると仲間に電気ショックが加えられるならば、引っ張るのをやめる。仲間に苦痛を加えるくらいならば、腹をすかしているほうが良いのである。



 ・あるチンパンジーは脅したり厳しく叱っても何とも思わないが、その共感に訴えると心を動かした。そのチンパンジーと親しい女性の研究者が泣いてしまったことがあったが、チンパンジーはすぐに駆け寄ってきた。


 ・ メスのボノボのクニは、とあるイギリスの動物園で、ムクドリを捕まえたのだが、飼育係の女性から、その鳥を放すように迫られた。クニは一番高い木のてっぺんまで登り、両手を自由にするために、両足で木の幹をはさみつけた。そして小鳥の二つの羽根を慎重に広げて、大きく弧を描くような方向めがけて小鳥を放り投げた。



 ・ たとえば権力闘争に敗れた失意の仲間に対して、抱擁のような慰めのしぐさをすることによって、同情の気持ちを表明する動物もいる。



 ・感謝の気持ちも動物界には広く見られる。チンパンジーは、仲間から熱心に毛づくろいをしてもらうと、エサを気前よく分けることによって、お返しをする。



 ・オマキザルは平等と正義に対する並外れた感受性を示した。番号札と、質・量ともに様々なエサを交換できるような実験をした。同じ「仕事」に対して違う報酬を提供したところ、たちまち、オマキザルは協力を拒んだのである。



 共感し、社会的・道徳的振る舞いをする人間の能力は、われわれが進化の過程で受け継いだものの一部である、とデ・ヴァールは結論づける。神経学者が図解で示してくれるように、こうしたメカニズムは、発展史的には部分的にきわめて古い脳の領野において成立した。それは、左脳に位置する言語や認知の能力よりもずっと以前に形成されたのである」。(以下続く)











 

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