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思考と感情(1) [海外メディア記事]

 また『シュピーゲル』誌の、長いが興味深い記事を紹介します。「感情(Emotion)」に関する様々な研究の現状がテーマです。三部構成のまず第一弾です。


http://www.spiegel.de/wissenschaft/mensch/0,1518,620709,00.html


「 思考と感情

  第一部:謎に満ちた群棲動物
  

 「私」はどのようにして「私たち」に結びつくのか? 感情は思考とどのような関係にあるのか? 道徳と非道徳は、何によって人間のうちにやってくるのか? 学際的な研究によって、研究者たちは進化のコンパスというべきものを発見しつつある。

 始めに「私たち」があった。胎児はへその緒で母親と結びつき、原初的な共同生活に守られながら成長する。自我がやって来るのはもっと後になってからだ。

 幼児は、生後12ヶ月から18ヶ月の間に、自分を、周囲の世界とは切り離された独自のものとして経験し始めるのだが、それに先立って幼児は共生関係を体験し、自分自身を直感的に社会的存在として感じるのである。母親が食べたり飲んだりするもの、母親がしたりしなかったりすること、母親の生を豊かにしたり害したりするもの:これらすべてが、生成しつつある人格を備えた生命体に直接的な影響を及ぼすのであり、その生命体が世界および同類に対してどのような関係をもつかということにも直接的な影響を及ぼすのである。


 子供は、始めから、母親に対する信頼をもち合わせているかもしれないし、あるいは、母胎にいるときや乳児期にすでにストレスのホルモンで満たされていて、ひょっとしたら一生ずっと、自分はなすすべもなく捨てられてしまったのだという意識下におしこめた経験に苦しむことになるかもしれない。そのいずれになるかは、その子が子宮内や幼児期に成長していく時の安心感が損なわれなかったか、それとも母親の世界が動揺することで子供の安心感がかき乱されてしまったかによるのである。


 トラウマの研究は、年金がもらえる位の年齢になっても、1943年から1945年の空襲で蒙ったトラウマに苦しんでいるドイツ人がいる―中には、空襲のときまだ母胎にいたり乳飲み子として母親に抱えられていた者もいた―ということを示している。テロ攻撃のテレビ映像のような偶然のきっかけで、人生の最も初期にまでさかのぼり、膿瘍のように固まってしまっていた古傷がぱっくり口を開き、急性の疾患が始まるのである。


 精神分析が、100年以上も前から、無意識という心の隠れた大陸を解き明かし始めて以降、感情の力はつねにますます経験的な科学のテーマとされてきた。しかし、生物学者や行動科学者や人類学者の観察と発見によって、{感情という}非認知的な知覚が決定的に重要であり、そしてそれらのニューロンが脳のどこに場所をもっているかということが確固とした形で証明されたのはつい最近のことである。



 フランスの哲学者ルネ・デカルトの根本命題「われ思う、ゆえにわれあり」は、西欧人の思考を表わすものとして頻繁に引き合いに出される信仰箇条の一つである。しかし、生物学的認識の観点から見ると、{デカルトが主張する}理性の誇り高い絶対性なるものは何一つ残らない。『デカルトの誤まり』。今日、脳研究で世界をリードしている学者の一人であるアントニオ・ダマシオの著作の一つは、そのような題名になっている。さらに別の著作は『われ感じる、ゆえにわれあり』という題名がつけられている。


 直感を一種の進化のコンパスとして解読するような学際的な研究結果が次々と出ている。感情の社会的本性についてや、脳の構造に感情がどのように局所化されているか、それが意識に対してどのような意義をもつか、という点については日進月歩の勢いで知識が増大している。


 まったくの偶然から、1996年、イタリア人のグループは新たな次元に進むことができたのだが、それは、そのグループの指導者で生理学の教授ジャコーモ・リッゾラッティの言葉を借りると、「アインシュタインにも似た」出来事だった。彼のチームはパルマ大学で、チンパンジー相手に、合目的行動がいかに計画されいかに実行されるかを研究していた。動物の脳は、麻酔にかけられた上で、覚醒しても痛みを感じたり邪魔になったりしないような超微細なセンサーに結びつけられた。チンパンジーがクルミのほうに手を伸ばそうとするたびに、特定の神経細胞(「ニューロン」)が活性化し、電気信号を送りつけるので、そのたびに計測器が鳴り響いた。


 ほんの気まぐれから一人の研究者がクルミの方に手を伸ばした。と、そのときである。チンパンジーの脳と結びつけられていた計測器が、それまでと同様に鳴り響いたのである。科学者たちは、まず、技術的なミスだと思ったのだが、どこにも間違いがないことが判明した。研究者のことをじっと見ていたチンパンジーが、まるで自分を人間の立場に置き換えたかのように振舞ったのである。他人の動きをたどることによって、チンパンジー自身のニューロンがその行動を写しとって、まるで自分がその人の行動を行ったかのような結果になったのである。

 それ以降、ミラーニューロンという名で呼ばれるようになったのだが、このニューロンはやがて人間にもあることが実証された。それが見いだされる脳の範囲は、人間の場合、当然ながらよりいっそう広い。ある行動が話題になっているのを耳にするだけで、人間のミラーニューロンは共鳴を始めるのである。

 それによって発見されたのはまさに「共感の生物学的土台」であった。これは、つい先ごろ出版されたリッゾラッティと共同研究者による研究報告書の題名である。これまで以上にわれわれは、なぜ新生児にとって感情の共感―見つめ合ったり、触れ合ったり、話しかけることによる共感―が、空腹を満たすことと同じくらい生きることにとって重要であるかを理解できるようになった。身体の成長が絶えず栄養補給を求めるように、精神的、感情的、社会的成長は絶えず共感を要求する。この共感が生じなければ、脳の特定領域が全体的に萎縮し、重大な発達障害が発生することになるのである。


 人間が母胎にいる頃からなす経験はすべて脳に痕跡を残す。最近の研究が示していることだが、脳の構造と機能は、いわば、良好な社会的関係が何かを、神経生物学的な仕方で、知り尽くしているのである。もちろん、それは使用することによって活性化され、使用されなければ消えてしまう素質のようなものである。生まれつき備わっているのは、共感の行為(Empathie)ではなく(この外国語は、感情移入(Einfuhlung)というドイツ語の概念が英語に翻訳されたときに出来た語である)、ミラーニューロンの体系における共感の能力なのである。


 だから、「使わなければ失われる(Use it or lose it)」という原則は、肉体的運動と同様、社会的・感情的知性にも当てはまる。「ですから、私たちの脳は、思考の器官というよりは、むしろ社会的器官(Sozialorgan)なのです」。ゲッチンゲン大学の神経生物学者ゲラルド・ヒュッターは、明快で繊細な入門書『人間の脳のための手引き書』でそう説明している」。(以下続く)












 


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