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春の陽気に誘われて浅草散歩 [雑感]

 2月の終わりから3月2日にかけては、今年度で一番仕事の詰まった日々でした。それが終わってひと段落。年度内の仕事はほぼなくなり気楽な気分でいられます。
 今日は、起きてみたら久しぶりに外が明るい。春の陽気に誘われて、昼食を兼ね散歩に。まずは隅田公園。あと一月も経たないうちに桜が満開になるでしょう。まだその気配はありません。むしろ、「春のうらら」を予感させながら、それでいてただひたすら閑散としていました。

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 隅田川の両岸にはブルーシートが見当たらない。これは2月10日の記事にも書いたのだが、区の管理者が徹底的に目を光らせているのだろう。しかし、ブルーシートで寝るしかない人の数は、何せこの不景気で増えているはずだから、そういう人はどこに行けばいいのだろう? 収容施設をたくさん作ったのだろうか? 気になる所ではある。

 さて、ぶらぶら歩いて隅田川を後にし、昼食で向かったのはここ。めったに来ないが、年に一度くらいはここに来たいなあと思う日があるのだ。

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 観光の人だろうと思うが、なぜか行列ができていた。お年寄りが目立つが、若い人もいる。案外『神谷バー』の命脈は続きそうである。やはり店としての歴史に惹かれるんでしょうか? 1921年に建てられたビル2階の「モダンな」店内(ちなみに、確かに歴史は古いのだが、それは酒屋ないしバーとしての歴史であって、洋食をはじめたのは1960年とのこと。今日調べて初めて知って少し驚いた。)

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 私が初めてこの店を訪ねたのは、大学のフランス文学のゼミの先生に連れられて来たときであった。あの頃の浅草は、東京の新しい面しか見たことがない人間には、時代に取り残された人間の吹き溜まりみたいに見えた。神谷バーで飲み食いしていた周囲の人にも、いかにも浅草芸人みたいなうらぶれた雰囲気を漂わせたのが散見されて、ちょっと異界に来たような感じにとらわれたことがあった。ここには、そういうところが、少しだけ残っているような気がする。ちなみに、『異人たちとの夏』という映画には、そういう異界としての浅草が舞台として描かれているが、原作者で、浅草で生まれ浅草で育った山田太一にとっても、当時の浅草は異界のように映ったのだろう(ちなみに、この映画、脚本はいいのだが、いかんせん監督が駄目すぎて良い映画とはいえない、残念ながら)。

 店内はテーブルなどが新調されたようだが、基本的に何も変わっていない。従業員もなるべく変えない方針なのだろう。店内は1921年当初と大差ないのだろう。そういうわけで、有名・無名の浅草芸人や荷風先生がひょっこり現われてもおかしくないような、時間が完全に停止した店内で昼食。何の変哲もないハンバークとカニクリーム・コロッケの盛り合わせだが、時間を逆行した気分で食するせいか妙においしく感じられる(というか、この店、実は、案外美味いのかも)。


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 私のように一人で食べている人もいないわけではないが(そういうのは、大抵、地元民)、たいていは複数で昼食を楽しんでいる。男性の観光客は、お約束のように、たいてい電気ブランを頼みますね。飲み干すと、なぜか笑顔になる。みんな顔が一様に明るい。こういう光景はラオタだらけの瘴気に満ちたラーメン屋なんかじゃ絶対ありえない。少しだけ異界の雰囲気に浸ることができて、みんな、どことなく浮ついた気分になれるからなのだろう。

 外に出て雷門に向かう。大提灯の前はいつもと同じ。こんなところで写真を撮るなんて、おのぼりさんみたいと思ったが、たまにはいいでしょう。

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 神谷バーでも感じたが、やはり観光する人の表情には陰りがありません。その集団に紛れ込んで人々の表情を眺めていると、およそこの世には悩みや苦しみなんてないんじゃないかと、一瞬錯覚に陥るような、そんな春の光景です。


















 
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