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ヒトラーの「ショッキングな」素顔 [海外メディア記事]

 特に示し合わせたわけでもないのでしょうが、最近ナチス関係の記事が目に付きます。ホロコーストを否定する司祭については結構話題になりました。火種はまだ燻ぶっています。また、中東に亡命していたナチス幹部が発見されることなく死亡していたという記事もありました。まだまだ、ナチスのことは過去のものになりきってはいないのでしょう。(ちなみに、アイヒマン裁判について、いつか、このブログで紹介したいと思います)。
 
 別にこのブログは海外ニュースだけを扱っているブログではないのですが、どうも、自分自身および自分の身の回りで話題にするようなことがなくて、目に付いたニュースを連続でアップすることになりました。今回は「アドルフ・ヒトラーの「ショッキングな」テーブル・マナー」という見出しが目に飛び込んだので、タイムズ紙の記事から翻訳してみました。あらかじめ断わっておきますが、見出しの割りには大したことは書かれてません。この手のペテンは、どこの国のジャーナリズムも使う手なのでしょね。ちなみに、私も、ちょっと悪乗りして、便乗してしまいました。
 
 原文は以下で読むことができます。
 http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/europe/article5755375.ece





「 アドルフ・ヒトラーの「ショッキングな」テーブル・マナー


 とある民家の掃除中に発見された諜報活動の報告書によると、アドルフ・ヒトラーの見苦しい振る舞いやショッキングなテーブル・マナーが、戦時中会食をともにした同胞を唖然とさせた。

 「読了後48時間以内に焼却すべし」という印付きのその文書は、ヒトラーのもっとも親密な補佐官の一人に対する質問に基づくもので、ナチス総統の心理学的プロファイル分析を含んでいる。 

 その補佐官は、東プロイセン州ラステンブルクにあった総統大本営「狼の巣」で面会の予定表をつけていた将校であるが、彼は、総統が食事中に爪をかみ、ケーキをガツガツむさぼり食ったり、しばしば物思いにふけって我を忘れ、周囲の会話が上の空だった様子を記述していた。彼はまた、ヒトラーの側近の高官をたえずびくびくさせていた激高についても語っていた。

 この文書は、戦争が終わりに近づいたときに準備された諜報活動の要約書の一部であり、イギリスのとある将校によって保管されていたと思われている。サウス・ウェストのとある民家で発見され、来月オークションで売却される予定である。

 PW―prisoner of war(戦争捕虜)の略 ―として言及されている名無しのドイツ将校は、1943年数ヶ月間「狼の巣」に勤めていた。彼は、少なくとも30回はヒトラーと会食し、ヒトラーの日々の行いを観察していた。彼が連合国側に語ったところによると、ヒトラーは野菜と煮込んだ果物しか食べようとせず、自分のいるところでは喫煙を禁じた。彼の食事には1~2杯のビールがつきものだった。
 
 「ヒトラーの食べ方は早く機械的で、彼にとって食事は生きるための手段にすぎなかった」と、PWは言った。晩餐の席での会話はヒトラーの気分を和ませたし、彼の思考に活気を与えた。話すときの声は「柔らかなバリトンで、公衆を前にした演説のあのしゃがれた、不快な甲高さはなかった」。

 しかし情報提供者は付け加える。「食事のときや話しているとき、彼はとても見苦しい行動を多くの仕方で見せます。ぼんやりしながら指の爪をかんだり、人差し指で鼻の下を上下にこすったり、テーブル・マナーはほとんどショッキングなくらいです」。

 ヒトラーは肉食はせずコーヒーよりもハーブティーを好んだが、報告書によると「ケーキをびっくりするぐらい食べた」が、それが原因で「消化不良」にたびたびなった。

 将校はヒトラーの私的な生活に対する洞察も与えてくれる。総統は仲間に、自分が一度も結婚しなかったのは、家族が気になってドイツ民族に対する自分の責務がおろそかになるのが許せなかったからだ、と語った。「ミス・ブラウン」を含めて女性の友人はいたが、その関係はプラトニックなものだったと一般には信じられている。将校はまた、ヒトラーにはホモセクシュアルな傾向があるという憶測を「噂」であると一蹴している。

 彼は、ヒトラーが「逆上したときの」癇癪の模様も伝えている。エル・アラメインからの撤退が始まったという伝令を伝えなかった夜勤番の少佐は、ヒトラーの怒りがどれほどすごいかを肌で感じた。

 「ヒトラーがこのことを耳にすると、いつもの彼らしい発作的癇癪を炸裂させ、少佐を「言い訳を一言でも発したら、お前を撃ち殺すからな」という言葉で出迎えた。それからヒトラーはわめき散らし、少佐を一卒兵に降格させた。

 ヒトラーはまた、暗殺者の爆弾にもかかわらず無傷で済んだことに力を得て、神の摂理と自分自身の運命に対する深い信念を持つようになった。あの将校は、総統は気違いだと確信して「狼の巣」の勤務を離れた。

 大英帝国戦争博物館の上級歴史研究員のテリー・シャーマンは、「ヒトラーは1931年に断酒したと一般には信じられているので、ヒトラーがビールを飲むという報告を耳にするのは驚きです。癇癪の描き方は月並みですね」と言った。

 オークションは5月5日に開かれる予定で、この報告書は1,000ポンド程度で落札されると見られている」。  










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