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うまし国ぞ(2) [探求]

さて、問題は次の歌である。これに関して、海原とかもめのようなものが大和で詠まれるのは変という疑問、大和に対して、同じ歌の中に二つの表記があるのは変という疑問、「可怜」がなぜ「うまし」と読めるのかという疑問があげられた。疑問はもっとあるだろうが、とりあえずこれだけにしておく。

 「天皇、香具山に登りて望国したまふ時の御製歌
 大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ
 海原は 鴎立ち立つ うまし国ぞ あきづ島 大和の国は」(『万葉集』巻一・二)。

 「天皇登香具山望国之時御製歌 
  山常庭 村山有等 取与呂布 天乃香具山 騰立 国見乎為者 国原波 煙立竜 海原波 加万目   立多都 怜○国曾 蜻嶋 八間跡能国者」(ただし、○は立心偏に「可」。可怜と同じ)。


 
 上に挙げた疑問のうち最初の三つは、元来、この歌は海に臨む場所で作られたのだが、それが、後に大和で詠われたかのように作り直されたと考えれば、自ずと氷解する。だが、一体誰が、何のために? という疑問は後回しにして、元来の形に近づけるようにしよう。まず、歌に添えられている前書きは、後世の付け足しの可能性があるから、削除。「大和」に対する二つの表記も怪しいので、「大和」もとりあえず削除。削除部分を「XX」、「YY」にしてみよう。すると、次のようになる。   
 
 
 「 XXには 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ
   海原は 鴎立ち立つ うまし国ぞ あきづ島 YYの国は」

 おそらく背後には「群山」がそびえ、その中の香具山に登ってみると、眼前には広大な「海原」が広がっている、という雄大な光景であろう。ここはどこか? 手がかりになるのは「あきづ島」である。小学館の全集の解説では「大和の枕詞。語義・かかり方未詳」とある。正直言ってひどい解説だと思うが、これが国文学の現状なのだろう。意味はわからないが、とにかく「あきづ島」は「大和」の枕詞。理由は、万葉集巻第一の二がそうなっているから、というのだろう。だから、万葉集巻第一の二そのものの解説はできないのである。要するに、昔からそういう決まりなんだ、というふうに思考停止しなければ、こういう本の解説は書けないのだろう。だから学会の人間でいる限りは斬新なことは言えないのである。

 
 この「あきづ島」は大分県の「安岐」川の河口一帯のことだ、と指摘したのは国文学の学会にも歴史の学会にも縁がなかった古田武彦だった。あるいは、もっと以前にいたのかもしれない。何しろ、「秋津島」は、『古事記』の国生み神話のところで登場する島なので、多少の知識があれば、「あれ?」と気がつくはずだからである。しかし気がついた人がいたとしても、元来大分の別府湾のことを詠んだ歌を大和に移し変えて詠むことの必然性が判らない。そんなことをする合理的な理由があるとは思えない。だから、深く追求しようとした人はいなかったはずである。

 古田武彦の詳細についてはWikiを参照されたし(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E7%94%B0%E6%AD%A6%E5%BD%A6)。私自身は古田氏の業績を大して知っている訳ではないし、大して読んでいるわけでもないのだが、要するに、近畿天皇家が独占的権力を掌握した7世紀以前、日本各地にはそれと匹敵する、あるいはそれを凌駕する王権が存在したと主張することで、古代日本の多元的な権力構造にいち早く目を向けていた先駆的な在野の研究者である(在野といっても、大学にはいたのだが)。私は、この人の著作は毒気がありすぎて、ある程度読み進めると読む気が起こらなくなるし、カリスマ扱いされて結構くだらない集団を作ったりする辺りは辟易するのだが、それでも尊重するのは、古田氏に刺激を受ける形で、やはり在野のすぐれた研究が登場したからである(たぶん、今後もっと出てくると思う)。一例を挙げると、芝喬一氏の『日本古代史の探求』などは、ど素人にもわかる名著ではないかと私は思うのである(というか、私などは、この本を読んで、日本の古代の輪郭が初めておぼろげに判りかけたのであるが)。 


 それはともかく、元来は九州地方で詠われた、素朴に風光を愛でた歌(たとえば、「煙」とは、民が炊くかまどの煙ではなく、別府温泉を思い起こしてみればわかるように、温泉地特有の蒸気ではないか、なんていう指摘はとても面白い)だったのが、権力が九州から大和に委譲されることによって、無理やり(けっこう杜撰に)大和に当てはまるように改変されたと考えれば、海原やかもめの不自然さも、何となく納得がいくように思われる。ちなみに、『古代史の十字路』で古田氏が読み込んだ訳を掲げておこう。訳の細部については、同書を読んでほしい、としか言いようがない。結構、当てずっぽうなところがあると思うが、全体としてはいい線を行っているのではないか?
 
 「山並みには多くの山々が群がっているけれど、中でも一番目立ち、ととのっているのは、天の香具山だ。登り立って、国見をすると、国原には煙が一面に立ち上り、海原には一面に鴎が飛び立っている。すばらしい国だ。安岐津の島の、この浜跡の国は」(同書72頁)。 
 

 しかしまだ話は終わらない。一昨日、畑井弘氏の『物部氏の伝承』を読んでいた時のことである。歴史の門外漢の私は、当然ながら、この著者についてもまったく知らなかったのだが、元来は日本の中世史の専門家で、甲南大学で長らく教えていた人のようだ。その本の中に、また舒明天皇のあの歌が出てきたのである。そこで問題とされているのは「可怜」の解釈である。畑井氏によると、これは朝鮮語で銅をあらわす「カレ(カリ)」の表音表記なのだという。少し引用してみよう。
 「「可怜国曾」は「カレ(カリ)ノクニゾ」、すなわち、「カル(軽・銅)の国ぞ」の意である。…軽(カル)・刈(カリ)…香具(カグ・カゴ)など、記・紀・万葉に頻出するこれらの語は、すべて銅の古語であり、朝鮮語の「구리」(kuri)(銅)を語源とするのである。「可怜」もまたその表音表記法の一つであって、息長足日広額天皇(舒明天皇のこと-引用者注)が香具山に登って望国をして歌ったというこの歌は、ヤマトは鍛冶神を奉ずる鍛冶王の国「軽(可怜)」の国」「銅の国」なのだぞ、という鍛冶神讃歌にほかならない、と私は解釈している」(同書講談社学術文庫版46頁)。

 つまり、大陸からやってきた征服民の一派が、香具山から産出する銅や鉄を背景に、自らの武力と自ら支配地域を眺めて悦に入っているという歌だったのか、万葉集の二番目の歌は。畑井氏によると、この歌に出てくる「とりよろふ」、意味不明で解説者泣かせのこの表現は「とり鎧ふ」であり、甲冑に身を鎧い固めた軍神でもある香具山ということになる(この指摘は、あー、なるほどと思った)。さらにこの歌に出てくる「龍」や「加万目」も鍛冶神信仰に関係しているという。


 私はもうここら辺でお腹いっぱいというか、消化不良で「とりあえず、もう結構」と言いたいところなのだが、あえて付け加えれば、おそらく「香具山」とは固有名ではなく、銅や鉄の取れる山という一般性をもった表現なのかもしれない。それは、確かに大和にもあっただろうが、九州にもあったし、大陸にもいっぱいあったのかもしれない。その山を押さえ、そこから産出される銅や鉄によって作られる新型の道具や武器を背景にして権力をもった者をたたえる歌が古くから伝承されていたのではないだろうか。その起源は、結構古いのかもしれないし、古田氏が言うように、九州に限定されてはいなかったのかもしれない。元来は、次のような原型があっただけで、それが支配者の変転に伴って場所や固有名を交換されながら伝承されたのではないだろうか?

 「 XXには 群山あれど とりよろふ 天の香具山 カレノ国ぞ YYY島 ZZの国は」。


 まあ、いずれにせよ、日本の古代史は難しい。それは、日本の文化にせよ言語にせよ民族にせよ、日本のすべてはおよそ単一性とは無縁の重層構造で、何処をとっても単一な起源に遡りうるものが何一つないからなのではないか? 何処まで行っても雑種性がついて回るのではないか?(「雑種性」とは、加藤周一が日本文化を特徴づけた言葉だが、文化のみならず、言語・民族にも当てはめるべきだと私は思う) そして、言うまでもなく、「万世一系」の純粋性などというものは夢物語でしかないのではないか? 



  



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