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ヴァルター・ブルケルト(2) [探求]

 
 ここに、チャタル・ヒュユクの遺構から発見された壁画がある(チャタル・ヒュユクについてはWikiの記述があるので参照されたい(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%A6%E3%82%AF。基本的には、旧石器時代から新石器時代に移行する過渡期にあった人間の生活を知るためにはこれ以上はないと思われるほどの貴重で多様な手がかりを与えてくれる遺構である)。

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 男達が、大きな動物を取り囲んで狩りをしているように見える画である。こういう描線は、他に何箇所も見つかっているのだが、それらに共通しているのは、ひょっとしたら命を落とすかもしれないという狩猟の厳粛性はあまり感じられない楽しげな雰囲気が漂っているということである。人間は、狩りをしているというよりも、むしろ、動物の周りを踊っているように思える。ひょっとしたら、音楽や歌も伴っていたのではないか? これは狩猟というよりも何らかの儀式ではないか?あるいは儀式化した狩猟? または、狩猟という形式を借りた(おそらくは宗教的な)儀式なのではないか? 狩猟か儀式かという問いは非常に空しい。狩猟は、はるか以前から儀式化されていただろうし、儀式はその起源を狩猟に持つものであるとすれば、狩猟か儀式かという問いは区別のないところに区別を持ち込もうとすることである。  

 この壁画が描かれた時代には、すでに農耕は始まっており、したがって家畜化もある程度進んでいたと思われる。だから大型の動物を狩る必要性は、もはやあまりなかったのではないかと推測されている。しかし、ここに描かれているのが、単なる狩猟ではなく、儀式的狩猟、あるいは狩猟という形式における儀式であるならば、それは、集団全員が祝った儀式であっただろうし、新石器的な生活様式に移行した人間が依然として手放すことのできなかった儀式であっただろう。儀式の中心には主役がいる。後に、父、あるいは主と呼ばれる存在である。人間の生命を養ってきた主の周りを、男達が囲んで歌い踊る。やがて、この主を屠ることが儀式のクライマックスとなるだろう。それは、狩猟行為が連綿と続いてきたことが、人間の集団を絶やすことなく存続させてきた当のものだからである。そのことを、主とともに、主に歌や踊りを捧げながら祝福するのである。宗教とは、こうした行為の儀式化した遺制である。このことをギリシアの宗教儀式に即して実証的に示そうとしたのが、ブルケルトの『ホモ・ネカンス』なのである。
  
 わたしは、ギリシア神話のゼウスや、ディオニューソスが非常にしばしば「雄牛」に姿を変えるのが不思議でならなかったし、以前紹介したヤハウェが牛またはライオン、いずれにせよ四本足の動物に例えられて描かれたことも奇異の念を起こすのだが、狩猟時代からの連続性を考えてみれば、それほど奇異ではなくなるのではないだろうか。



 さて、この壁画に描かれた狩猟集団は、同時に戦闘集団でもあっただろう。狩猟は、一種の戦闘であり、そこでは常に落命の危機と隣り合わせである。この集団に加入するためには通過儀礼を経る義務があったが、どんな通過儀礼にも共通していたのは血の経験である。有名なアブラハムがイサクを神に捧げようとした物語も、元来は通過儀礼の一種ではなかったか、と私は思っている。ずれにせよ、男は、結局、いついかなる時でも「殺し、殺される」性なのである。このことは、狩猟が現実生活において必要ではなくなったときでも、そうであった。ただし、そうであることに理由がなければならなかった。男達は犬死するわけにはいかないのであり、かりに戦闘行為において落命することがあるとしても、それは大義名分のために死んだのだ、という理由づけが必要だった。その大義名分を象徴化したものが、やはりチャタル・ヒュユクでも発見された、大型の女神像なのである(「グレート・マザ-」の原型と考えられている)。

 
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 動物を従えた女神、しかも残忍極まりなく、若い男の生命をむさぼり喰うとされる「グレート・マザー」については、ヨーロッパ各地から発見されている。たとえばヘラやデメテルは「供犠の女神」、「獣たちの女主人」であった。それらの起源も狩猟行為にさかのぼるだろう。それら女神は、狩猟者である男達が、元来、殺戮の責任を転嫁するためのフィクションであっただろう。狩猟者は、女と子供のために狩猟をする。女と子供たちのために、長い期間性的禁欲を強いられ、死の不安や殺戮の罪悪感と戦わなければならない。この労苦と重圧は、一切が偉大な女神の意志のもとで行なわれ、偉大な女神のためになされたものであるという仮構のもとで、耐え忍びうるものとなる。
 「古代人は、誕生の神秘的な過程、子宮を通して新たな生を解き放つ女性が、死地をふさぐことができることを見てとった。だから、死を超えて生を継続することを請け負ってくれるのは女性であった。血の供犠と死はそのなくてはならない引き立て役だった。女神の隣には死にゆくパートナー、供犠の動物がいた。チャタル・ヒュユクやミノア期のクレタにおける人間の姿をした女神の側らには、男性性を表わす雄牛が、死ななければならない雄牛がいた。女神イシスは玉座の永続性を表わす一方、ファラオはホルスとして職務に当たるが、つねにオシリスとして死ぬ。男性社会において人類のパラダイムである男は、若者として永続的な秩序に参入し、ファラオの碑文の一つから判るように、儀式的・象徴的に「母親の雄牛」に姿を変えられ、供犠の動物とまったく同じように、早晩死ななければならない」。

 かつて「グレート・マザー」は母権制が存在した証拠と考えられた時期もあったが、今ではそう考える学者はほとんどいないようだ。それは、意味のない死をなくすためのフィクションであるとして、この女神のもとにいかに多くの無駄な血が流されたことか、そして男とはいかに悲惨な性であったか、そんな感慨を抱かずにはおかないものである。


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