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白蘭 [雑感]

 一般的な知名度は高くないが、一部に熱烈なファンがいる店、まあ、いまどき、そういう情報は溢れているわけで、そういう情報に接しても、たいていは聞き流(読み流)して終わりなのだが、不思議と、記憶の底に残り続ける店もある。無意識のうちに選択しているのだろうか? 嗜好が合いそうだなという勘が働いて、意識下にうごめく欲望が店名を脳裏に刻みつけるのだろうか?

 私にとって、神田の「白蘭」はそういう店の一つだったが、永らく入ることはなかった。そこに行く暇がなかったわけではない。かつて二郎ファンをやっていたことがあるので、この店の直前までは何度となく来たことがあったのである(ちなみに、禁煙したら、二郎的なものに食指が動かなくなった。なぜだろう? 健全な肉体に健全でない二郎は宿らない?)。

 廃屋のようにしか見えない旧二郎を初めて通り過ぎて、奥の一層ますます怪しい店へ。神田にはディープな所がたくさんありそうだけど、この小路もそういうオーラを発している。知らない人は決して足を踏み入れることはない、大都会の獣道。その行き止まりの店のくたびれたドアを開ける。一階の席が皆空いているのに、なぜか二階へどうぞと言われる。これがしきたりなのか? ディープな仕掛けでもあるのか? 少し猜疑心が湧いてくる。狭く急な階段を上ると・・・、一階よりは広い、案外普通の二階がそこにあった。二階に案内されたのは、狭い一階での食事よりはという気遣いのためであったか、と納得する。すまなかった、変に勘ぐってしまって。そして、お約束であるかのように、坦々麺を注文。

 でてきた坦々麺は、昨今の見てくれの良い上品なものとは大違いで、大量のドロッとした餡によって麺がすっかり覆い隠されているので、第三者が外見から、これが何であるか言い当てるのは困難、というか不可能である。2~3度「これが坦々麺?」と反問することを強いる外観に少し慣れると、唐辛子の効いた餡に感心し、中から麺を引っ張り出して、麺が軟弱でないことにほっとした後は、なんら遅滞することなく何らの違和感も感ぜずに、一気に食べ終えた。もちろんこれが、味的に、坦々麺? という疑問が湧かないではないが、そんなことは些事にすぎない。この店が、これは坦々麺といえば坦々麺なのである。

 というわけで、私的には大満足。しかしうれしかった理由はもう一つある。かつて学部学生時代に足繁く通った中華屋の麻婆豆腐がこういう作りだったことが思い出され、無性に懐かしさがこみ上げるのを禁じえなかった。街の中華屋にも、作り方の流行り・廃れや流派のようなものがあるのだろうか? 当然あるだろう。この坦々麺の作り方は、昭和のある短い時期に、それほど多かったわけではない人々に共有された(そしてその後あまり継承されなかった)レシピに遡るのであろう。ここには、あまり太くはなかったし、一時的であった交流の痕跡がある。たとえば陳健民の弟子達の誰がどこそこで店を開いているといった華麗な人脈の話とはちがう、もっと地味でもっと無名な人々の交流や離合集散の歴史の断片に、私は触れたような気がしたし、実際に触れたのだと思う。

 ちなみに、私は、普通の人の倍以上の時間を学生として費やしたので(別に、留年していたわけではない)、学生が多くいる街の、安く、ボリュームのある料理店(特に、中華料理店)の味が、体の奥に染みついてしまっているようなところがある。しかし、安ければ良いわけではないし、ボリュームがあればそれで良いわけでもない。安くてボリュームのある料理屋にも、それなりの志しや気構えがなければならない。いくら貧乏な学生であっても、料理店の志しや気風はつねに意識するもので、安ければ安いほど良いとするような身を持ち崩した感覚には、普通は、ならないのではないか? (もっとも、「超大盛り」、「バク盛り」、「テラ盛り」で騒いでいる最近の人達は、そんなふうには考えないんだろうな)。 そういう、貧乏だがわずかばかりの矜持を失わない学生がよしとするようなものを、あの学生のころ私が通った店は出してくれたし、その志しはこの店にも残っているように思えた。自分の学生時代の貧弱だった食生活を想起するとき、百蘭は、私にとって、理想的な店に思えてくるのである。




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