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日常の実体そのものとなった詩(ローマ滞在の雑感5) [雑感]

 少し前に「サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂の立像」http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2017-09-08のことを紹介した際に、もう少し言いたいことがあったのに、それは、その時、なかなか言葉にならなかった。いまその言葉を見つけたような気がするので、それを言い表してみたいのである。



054.夕方のラテラノ大聖堂の聖人像1.JPG



  その時に書いたように、夕方バスでサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂の付近を通ったとき、聖堂の天辺を飾る立像のシルエットを一目にて何か不意をつかれてハッとしたのであった。もちろん、ハッとしたのは、日本ではありえない光景だったからであり、美的なものが目に飛び込んできたためであろう。しかし、その後何回かサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂に散歩に行って見直してみたが、単に見慣れない美しさがそこにあるというふうにまとめるだけでは収まらないものを感じた。そのモヤモヤは、帰国してからもずっと心の奥底にくすぶっていた。


 私の印象に残ったのは、この立像そのものというよりは、立像と荒んだ街並みやホームレスや移民系の人々とのコントラストの方だった。そのコントラストの何が印象的だったのか? 昨日、以前このブログに書いた文章のいくつかを読んでいたとき、かつて、シモーヌ・ヴェイユの「奴隷的でない労働の第一の条件」という断章を訳した記事に出くわした(http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2011-12-13)。その最後の部分に次のように記されている。


 「民衆はパンと同じくらい詩を必要としている。言葉のなかに閉じこめられた詩のことではない。そのような詩は、それだけでは、民衆にとって何らかの役に立つことはできない。民衆は、自分の人生の日常的な実体そのものが詩となることを必要としているのである」。


 
 「ああ、これだったんだ」と思ったのである。私が、サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂の立像とローマの底辺の人びとを一緒に目撃したときに、心の奥底に感じたものはこれだったんだ。民衆がパンと同じくらい必要としている詩がそこにあったのだと。たしかに、使徒たちの呼びかけが、無言の詩になっているではないか。そしてその詩がローマでは生活の実体になっているではないかと。


 シモーヌ・ヴェイユの「民衆」は、少し特殊な意味で使われている。奴隷的な労働に疲弊してそこに生きている意義を何も見いだせないような人々、そして将来にも何も希望を見出せない人々のことである。というと前時代的な、時代錯誤的なことをイメージしてしまうかもしれないが、いやいや、そんなことはない。ブラックな企業やバイトで良いように酷使されている人びとのことを考えてみるだけで充分である。


 ヴェイユの「民衆」は無意味な労働に疲れ果て、将来のことを考えることすらできない。労働するのは食べるため、食べるのは労働するためという、どこにも手段しかなく目的が見いだせないようなトラップの中で、何が生きていくことを支えてくれるのか? 民衆には未来はなく、現在しかない。現在において目的のようなものを提供するものがあるとすれば、それは美である。神に由来する美である。こうした美だけが「民衆」を救うことができる。それが晩年の、神秘的な宗教心に回帰したヴェイユの労働問題に対して与えた回答だった。この回答の当否は措いておこう。


 私が夕刻のサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂の立像に接して感じたもの、ひいては、ローマという街全体に感じたものは、ヴェイユの言う「人生の日常的な実体そのもの」が詩となっていることだった。ローマは確かに美にあふれている。しかし、それはただ美しいのではない。それは生活の実体となった美なのである。あの小さな祠の美にもまた同様のことが言える。


 ニーチェは『悲劇の誕生』の第5節で「美的現象としてのみ存在と世界は永遠に正当化される」と語ったが、おそらく、趣旨は同じである(ちなみに、ニーチェのこの言葉についても、過去の記事で扱っている(http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2013-08-13))。ヴェイユはニーチェには共感を抱かなかったから、こういう形で類比的に扱うのは心外だろうが、ニーチェもヴェイユも、世界は美を通してのみ正当化できるという一点において一致する。ローマには、二人の思想家の違いなど苦もなく飲み込んでしまうほどの美があり、詩が流れている。

 ローマが今日でもそれ自身を堂々と正当化するかのように存在しているのは、そこに流れる詩のおかげなのではないだろうかと思うのである。










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